池袋 大黒そば
池袋西口。
久しぶりに来た。
昔からみたら、新しいビルが建ち並び、駅もずいぶんと綺麗になったが、東京芸術劇場と西口公園のエグいコントラストに、しみじみと郷愁を感じてしまう四月の初夏のような昼下がり。
相変わらず、ダボダボのジャージを着た若者がたむろし、公園の木の下の土にブルーシートを引いて、おっさんがタバコ片手に将棋を打ったりしていた。
公園の周りの駅前や路地には、携帯片手に誰かをまっているであろう、マスクをしてトートーバックを担いだお姉ちゃんもポツポツいたりする。
街並みは変われど、この街の黒とピンクがかった魑魅魍魎とした雰囲気は、何も変わらない。
これが池袋西口。ウエストゲートパークだ。
そんな西口公園の少し先にある、大黒そば。
そもそも池袋のラーメン屋だって、美味いのに当たったことはない。
あまりにも印象が悪い街だ。
そんなところにある、そば屋が美味いわけなかろうと、ベニアに打ち付けられたメニューの横にある暖簾をくぐった。
扉には大黒様と思わしき雑なイラスト。
こういうとこだけポップだなと、ブツブツ思いながら、店に入る。

いらっしゃい。
甲高いおばちゃんの声に迎えられる。
客は奥に一人だけ。
メニューをみながら、注文するであろうカウンターに歩みを進めると、厨房に立つおばちゃんと目が合う。
イカツイなぁ…イカツイ…
和田アキ子を上から重石を乗っけて、半分の長さにしたような、短髪のおばちゃんが、ただこっちを向いて立っている。
真っ赤な口紅に、おかめのような頬紅をして、マッキーでアイラインを引いたかのような、おばちゃんが、だ。
濃い。キャラが濃すぎる…
だめだ…目を合わせられない…
DNAをどう変化させると、コレになるのだ…
稲中に出てきそうな破壊力…
さすが池袋。
これを許容するのか…
なんという懐の深さだ…
私はなるべくおばちゃんと目を合わせないように、カウンターの上方にあるメニューだけに視界を限定させた。
ここは、間違いなく春菊天だ。
いや、春菊天でなくとも、かき揚げ的な何かだ。
ん?げそ天、えび天があるぞ。
今日はえびで行こう。
暑いから冷やしにしよう!
焦りながら、えび天の冷やしを頼む。
はい!550円ねぇ〜
ちょっと待って!超ヤバイ!
550円と言っただけなのに…なにこの面白さ…
ババア、ワザとやってんだろ?
俺を試してんだよな、これ。
しかし、笑いが腹から込み上げ、全身の毛が逆立ち、内側から眼球を圧迫する。
私は焦って、グッと顔を硬直させる。
絶対に笑っちゃならん!
笑っちゃだめと思うと、腹の奥からまた笑いが込み上げてくるが、時は遅し。
顔面の防波堤にヒビが入ってしまっている。
誤魔化すために、咳払いをしながら、代金を払い終わると、そそくさとおばちゃんに背を向け、注文カウンターの向かい側のカウンターに席を取った。
壁面には、「生そば使用の為、2分(冷しは3分)お待ちください」と書いてある。
その隣にもメニュー。
よく見たら、冷やしは100円増しだ。
なんだと?くそぅ!
あのパンチあるババアのせいで、こんなトラップに引っかかったじゃねぇか!
まぁいい。今日は暑いから冷やしだ!
カウンターで出来上がりを待っていると、入り口から、なんと大黒様が、のしのしとやってきた。
大黒様。
もちろん、見たことないけど、間違いなく大黒様。
正しくは、大黒様みたいな、そっくりの型をした大将。
悪く言えば、ジャバザハットを小型にして、福耳の和風テイストにしたような…
しかし、これまた、キャラ濃い。
もはや、笑いを超えて、驚きしかない。
夫婦か?まじか。
まるで、漫画の世界に迷い込んだようなそば屋。
ここは、妖怪屋敷か…夢うつつか…
はい!えび天冷やしの方〜
おばちゃんの甲高い声で、我に帰る。
振り返ると、ただ突っ立ってるおばちゃん。
後ろのゼンマイとか巻くと動くのかな、このおばちゃん…
おばちゃんの目の前のお盆を取って、席に戻る。

まあ、なんと固そうな天ぷらでしょう。
揚げてから、ずいぶんと時間経ってる…
仕方ない。つゆに浸して騙し騙し食うか…
いや、その前にそばだ。
そばは、天ぷらに比べ、ずいぶんと瑞々しい…
生麺ならではの、たっぷりと水分を含んだテリが見て伺える。
これはそばからだな、と、そばに手をつける。
あれ?こりゃすごい。
そばにコシがある。
十割みたいな弾力じゃないのだ。
明らかな、コシ。
何度もそばを口元に運び、確かめた。
生麺ならではの柔らかさに、コシ。
喉越しが凄くいい。
しかも、ふわっと蕎麦の香り。
次はつゆ。
ハゲかかった小汚い器に口をつけ、つゆを飲む。
ほう。これは辛口のつゆ。
辛口なのに奥深さもある。
このつゆに、硬くなったえび天を浸す。
うん。美味くないよ、やっぱり。
でも、そばが抜群に美味い。
そばを一口、一口、確かめながら、ガンガンすする。
なんだこれは…
なんかの妖怪のイタズラか。
こんなのあり得ない。
今まで食った立ち食いそばの3本指に入るであろうクオリティ。
そばとつゆが高次元で交差し、完璧なバランスを保っている。
さすが、大黒様だな。こりゃ、すげえ…
そもそも、冷やしが100円増しで、大盛りも100円増しだ。
これは、大黒様が冷やしを食わせたくない、と見た。
あったかいやつに、このバリバリの天ぷら乗せたら、すぐ柔らかくなるわけで、冷やしのことを考えてなのだろう。
あのやり手のババアのせいで、かなり動揺したから、邪道から入ったのが悔やまれる。
次は間違いなく、あったかい天ぷらそば。
どんな食感になるのか想像つかない。
もし、冷やしなら、天ぷらなんか乗せず、シンプルに、もりが正解だ。
また、池袋西口に迷い込んだら、妖怪のフリして、この妖怪屋敷を訪ねていこう。
人間だとバレたら、妖怪に食われて、天ぷらにされちまうからなあ。

店名 | 大黒そば ※閉店と思われます |
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ジャンル | 立ち食いそば |
住所 | 東京都豊島区西池袋3-26-6 |
営業時間 | 6:30~16:00 土曜のみ18時頃まで営業しています。 |
定休日 | 日曜・祝日 |